すごく古い雑誌を読んでいる。
現在はニューサイエンス社から発行されているが、1994年までは鎌倉書房から世に送り出されていた、「四季の味」。なんと、昭和52年、1月1日発刊、38年くらい前のものだ。自分がまだかなりチビの時である。
当時のお料理好きの主婦向けの雑誌なのだろうが、なんとも内容がマニアック。
料理に関しては、和食、洋食、中華、なんでも有。
帝国ホテルやたいめいけん、福岡の料亭「嵯峨野」などの有名店の料理から、御年90歳の料理名人のご婦人がつくるお節料理と幅広い。
また、自分が尊敬する日本料理、稀代の名人とうたわれる「西 音松先生」、吉兆の創業者、「湯木貞一先生」のお話なども魅力的だ。
マニアックなのはそれだけではない。
料理写真が沢山載っているのだが、
ほとんどの「器」に「魯山人作鉄絵草文皿」などの説明が入っている。自分が見ると変な器の本よりテンションが上がる。
でも、料理の説明というか、レシピはかなりザックリ。
「水OOcc」「砂糖OOg」とかほとんど書いてない。
これくらいの割合で4:2:0.5みたいな。
技術的にも「これ、ご家庭の主婦ではようせんよ」みたいなものも出てくる。
終いには、
「鶏肉はブロイラーで構いません。というより、こうするとブロイラーでも美味しく食べられる、ということです。」
といった、暗に、
「ブロイラー、美味しくないもんね」的なコメントも堂々と書いてある。
昔のブロイラーな味はわからないが、今こんな事を書いたら問題になりそうだ。(自分はたまにやらかす、養殖のはまちとか美味いと感じたことはまったくない、とか普通に言ってしまう)
下手すれば大炎上。時代故に許されていたところもあるだろう。
よく「古典料理が好き」と自分はいうのだが、
昔の仕事には今の自分が知らない知識、技術、感性があって非常に「新鮮な感じ」をうけることが多いから。
今は便利になって何でも簡単にできる時代。
昔なかった道具や機材で「誰でも」できる時代。
それはそれでいいと思うし、自分も恩恵を受けている。
しかし、便利な道具のない時代から、
技術、知識、経験、感性のみを駆使して料理を造られていたかと思うと、単純に「すごい」と思う。そこには暑苦しいまでの情熱や数限りない失敗があったはずだ。
自分にとって「新しい」とは「未知の領域」であり、そして「心を揺さぶられる物」である。古い雑誌や料理の本、ネットの中でも、帰り道でも良い。「新しい」ものは案外近くにあると思う。
追伸:四月になりました。この時期の長雨を「菜種梅雨」とか言うらしいです。日本人らしい言い方ですね。桜、散るな。
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